Apple共同創業者成功事例副業起業

Apple の共同創業 — ウォズは HP に勤めながら Apple I を作った|技術 × 事業の補完コンビ

CoPath 編集部8 分で読める

「Apple はガレージから始まった」という話は有名ですが、その中身を正確に見ると、 共同創業を考える人にとって示唆に富んでいます。ものづくりを担ったのはウォズニアック、それを事業に変えたのはジョブズ。 しかもウォズは HP に在籍したままコンピュータを作り始めていました。 「いきなり全部を賭けた」のではなく、「本業を続けながら、得意な人が二人で組んだ」 — この構造こそが再現の手がかりです。

1976 年、ガレージで始まった 3 人の共同創業

Apple Computer は 1976 年 4 月 1 日、カリフォルニアの パートナーシップとして設立されました。創業者は 3 人です。

  • スティーブ・ウォズニアック — エンジニア。Apple I / Apple II を 設計・製作した技術の中核
  • スティーブ・ジョブズ — 製品の売り込み・資金繰り・事業化を担った
  • ロナルド・ウェイン — 年長のアタリ同僚で、書類作成などを担当

持分は ジョブズ 45% / ウォズニアック 45% / ウェイン 10%。 ところがウェインは設立からわずか 12 日後、1976 年 4 月 12 日に 持分を 800 ドルで手放して離脱します。リスクを負い切れなかった 判断で、後に「歴史的な決断」として何度も語られることになりました。 共同創業は「誰と組むか」だけでなく「誰が残るか」でもある、という教訓です。

ウォズは HP に勤めながら Apple I を作った

ここが本記事の核心です。ウォズニアックは Apple I を設計したとき、HP のエンジニアとして在籍していました。彼はまず自分の勤め先である HP にこの設計を持ち込みましたが、5 回にわたって断られたと伝えられています。 HP が求めていない以上、彼は自分の手で世に出すしかありませんでした。

重要なのは、この時点でウォズは HP を辞めていないことです。 安定した本業を続けながら、余暇の情熱プロジェクトとしてコンピュータを作っていた。 彼が HP を退職して Apple に専念するのは、創業から約 1 年後の1977 年 2 月のことでした。「全部を捨ててから始めた」のではなく、 「作れることを確かめてから移った」という順序です。

情熱でものを作る人 (ウォズ) と、それを事業に変える人 (ジョブズ) がいた。 片方だけでは Apple にはならなかった。

「作れる人」を「売れる形」に変えたジョブズ

ウォズが手作りの基板を仲間内で見せていた段階から、それを商品に 引き上げたのがジョブズでした。1976 年 7 月、Apple I は666.66 ドルで販売開始。組み立て済み基板として、最終的に およそ 200 台が売れたとされています。

転機は、地元の店 Byte Shop のポール・テレルからの発注でした。 テレルは Apple I を 1 台 500 ドルで 50 台注文しますが、条件は 「完成品として納品すること」。この受注が、部品を仕入れて組み立て、納品して 回収するという事業の回転を生みました。二人はジョブズがワーゲンのバスを、 ウォズが自分の電卓を売って運転資金を工面したと伝えられています。

1977 年 1 月 3 日、事業は法人 Apple Computer, Inc. として 改めて設立され、同年に投資家 マイク・マークラ25 万ドル(出資と融資の組み合わせ) を投じて 3 人目の中核として加わります。 同 1977 年 4 月に発表された、やはりウォズ設計の Apple II が 大量生産される PC の成功例となり、Apple は 1980 年 12 月の株式公開へと進んでいきます。

起業準備中のあなたへの学び

Apple の入り口から取り出せる学びは、派手なものではありません。

  • 本業を続けたまま「作れるか」を確かめてよい。ウォズは HP に在籍したまま Apple I を作り、辞めたのは手応えを得た後だった
  • 「作れる人」と「売れる形にする人」は別でよい。技術のウォズと事業のジョブズ、 どちらか一方では Apple にならなかった
  • 持分と覚悟は最初に噛み合わせる。10% を持っていたウェインが早々に離脱した事実は、 役割と負うリスクの合意が甘いと後で崩れることを示している

裏を返せば、「一人で技術も事業も背負い込む必要はない」ということです。 足りないスキルは、それを持つ相棒で補える。ウォズにとってのジョブズ、 ジョブズにとってのウォズが、それでした。

共同創業者マッチング CoPathは、この「補完で組む」を前提に設計しています。自分に足りない役割 (たとえば「作れる人」または「売る人」) を明示して、匿名マッチング募集ボードで相手を探し、相性診断DM で相談を重ねられます。手を組むと決めたら共同創業ルームで役割・エクイティ・手続きを一つずつ整理していけます。

まとめ

  1. Apple は 1976 年、ジョブズ・ウォズニアック・ウェインの 3 人がガレージで創業した
  2. 設計者のウォズは HP に勤めたままApple I を作り、退職して専念したのは 1977 年 2 月と後だった
  3. 技術のウォズ × 事業のジョブズという補完が Apple の核。 持分 10% のウェインは 12 日で離脱した
  4. 「本業を続けて小さく試す」「足りない役割は相棒で埋める」— 有名企業の入り口ほど、 実は身の丈から始まっている

まずは 募集ボードで、自分に足りない役割を持つ相手や、逆に自分が力になれるプロジェクトを探すところから 始めてみてください。組むと決めたら CoPathの共同創業ルームで、役割・エクイティ・手続きを整理できます。 まずは無料で始められます。


関連記事

参考文献・出典

共同創業者マッチングを試してみませんか?

CoPath は日本人向けの共同創業者マッチングサービス。 匿名プロフィール + 募集ボード + DM で、安全に共同創業者を探せます。 現在は全機能を無料で利用できます。

次に読むなら

ナイキ共同創業者

ナイキ創業者フィル・ナイト × バワーマン — 会計士の副業「車のトランクで靴を売る」から世界一へ

世界一のスポーツブランド、ナイキの原点は会計士の副業だった。日本のオニツカタイガーの靴を車のトランクで売り歩いたフィル・ナイトと、靴づくりに情熱を注いだ陸上コーチ、ビル・バワーマン。「売る人 × 作る人」の共同創業がどう世界的企業を生んだのかを、確認できた事実だけで解説します。

記事を読む
共同創業者成功事例

藤沢武夫とは?本田宗一郎が経営のすべてを任せた「相棒」— 名コンビ成立の3つの条件

本田宗一郎の相棒・藤沢武夫とはどんな人物か。技術の本田・経営の藤沢という徹底した役割分担でホンダを世界一にした二人の関係を、出会いから「会わない経営」まで人物像ベースで解説。トップとナンバー2がうまくいく3つの条件を、現代の起業にも使える形でまとめます。

記事を読む
学生起業起業

学生起業の成功例に共通する「一人で背負わない」創業の型 — 日本・世界の有名事例で解説

リブセンス・Gunosy・Facebook・Google など、学生起業の成功例を「誰と、どう役割を分けて創業したか」の視点で分析。名だたる事例の多くが共同創業や早いチーム化で伸びている共通点と、学生が自分にない強みを持つ相棒を学外で見つける方法までを、共同創業者マッチング CoPath の視点で解説します。

記事を読む